ぷあ日記

その名の通り、poor(低収入)で生活しているぷあの日記。転職、病気、趣味ごとをメインに書いていきます。基本、週末更新。

仕事

私はプロフィールにも書いてあるように、心療内科に通っています。
そして、手帳持ちで障がい者雇用として働いています。
就職して有給休暇を付与されるまでになりました。
とはいえ、仕事では色々あって…
精神障害や身体、それこそ手帳なんて持ってないよっていう人も、困ったことは必ずあると思います。
私から見た仕事あるあるを書き連ねたいと思います。
ある意味ストレス発散です(笑)

●言うことが違う
これ、絶対にあると思います。
私の場合、今でもそうです。
2人の人から違うことを言われてしまいます。
1人をAさん、もう1人をBさんとします。
Aさんは「(仕事は)焦らずに」、Bさんは「スピード上げて」です。
言っていることが真逆に近く、困ります。
そのうえBさんは「入念に、そのうえスピードアップ」と。
あまりにもスピードアップすると、おざなりになってしまいます。
Aさんは「Bさん、口が悪いから」、他のある人は「イライラ、ピリピリしてたでしょ」と。
確かにイライラ、ピリピリしている感じではありました。
ある人は、「Aさんの目に入らないように仕事した方がいいよ」と。

言い方によっては、私のようにメンタル弱い人は、かなりグサッときます。
しかもピリピリ、イライラしている時は一番下にとばっちりが来るんですよね。
一番、モノ(注意)が言いやすいという…

こんな時、私はAさんにもBさんにも「頑張ります」としか言えないです。
Aさんは結構気遣ってくれます。「こういう手順でできそう?」とか。
Aさんや他の職員の人にはありがたいと思っています。
ここ数日は、ピリピリしたBさんにばかり言われているので、ココロが折れそうですけど…

●連絡が来ない(知らない)ことがある
私は短時間パートで働いています。
早く帰るので、月1回の会議にも出ません(時間が合わないし、パートは出なくでもいいのかも)。
そのせいもあってか、会議内容を最近まで知りませんでした。
しかも業務連絡のファイルがあることも、就職して3カ月以上経ってから知った次第です。
結局、自分から動く(聞く)ことをしないと知りえません。
でもBさんには、ちょっと怖くて聞けない自分がいます。

●自分の裁量で仕事をしようとしたら…
これは皆さんが経験するかは分かりません。
私の場合、就職当初はやる仕事が決まっていました。
最初に教えてくれた人が「これは1日おきにやって」みたいに言ってくれていたんです。
ところが、その教えてくれた人が退職しました。
退職したとたん、今までの仕事のやり方にBさんが「〇〇じゃなく、××をやってほしい」「今までの仕事の他にもう1つ追加してやってほしい」と言われました。
今日は〇〇をしようと思っていると、「〇〇じゃなく××か△△を」と。
自分の裁量で仕事はできなくなりました。
それはいいのですが、私のようなものは何をしたらいいのか分からなくなることもあるのです。
焦ってしまい、ストレスになってしまいます。

私の仕事は詳しくは言えないのですが、施設でお掃除の仕事をしています。
なので、よく歩き、動くので汗が出ます。喉もかわきます。
飲み物はもっていっているのですが、Bさんが言った仕事をこなすためには水分補給の時間もないほどです。
ま、休憩なしの短時間ですから、飲まない方がいいのかもしれませんが…

ある人が言っていました。
「100%いい職場なんてないんだよ」と。
そうですよね。
でも私は人間関係構築が苦手なので、口が悪いBさんも分かってはいるのですが、どうにかなればなぁなんて思います。
ま、希望的観測ですですけどね。
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このシリーズはこれで終わりにしようと思います。
結局は過去のことで、もう戻れないことです。
いつまでも、しがみついていても仕方ないので。

前回C社までいったので、D社から。

D社(金融関係。銀行ではないです。営業事務で2カ月、フルタイムパート扱い)

ハローワークからの応募でした。このD社、前に就活をしていた時も求人票が出ていた所
でした。そう、今思えば、何度も求人が出ているのは、何かある!会社なんです。そしてやっぱり、何かありました。
・求人票には一般事務とありました。が、採用後は営業事務に。
・引き継ぎも一応ありました。が、前の方が派遣の方で週4日で5時間勤務。引き継ぎ期間中に全て教えてもらうことができませんでした。しかも一番大事な業務(売上報告書?)のやり方を教えてもらえなかったこと。マニュアルに彼女が書き足したものは残してくれましたが、さっぱり分からず…
・その派遣の人を教えた人は営業で1日外回り。1週間に1回会えればいい方。
・売上報告書?はエクセルでしたが、どことどこが合えばOKなのか分からず。初めての作業の時は、派遣の方が残してくれたマニュアルと、派遣さんを指導した方に教わって作ったのですが、金額が合わず、上司に「合わない」と言われて。でも、どことどこが合えばOKなのか、用語の説明もなく…苦労しました。
・営業事務の仕事も覚えていないうちに、他部署のデータ入力もやることになってしまってました。あと、架電も。説明もざっくりなので、毎度、聞きにいくはめに。
総務(人事)担当の方に「ちょっと大変です」みたいにSOSの相談したのですが、「慣れるから」の一言で片付けられました。
・直接の上司も、派遣さんは「優しいから」と言ってましたが、私には全然そうは見えなくて。突然USBメモリを出して、「この中にある○○添付して××さんにメールして」と。メールの文章を口に出して言うので、それを私が文章にして、その後、上司に見せて、OKならメールする…でした。その上司、PC使えるんです「私に打たせるぐらいなら、自分で打った方がいいんじゃ…」と思いながら、やってました。
多分、派遣さんだったから優しかったんじゃないかと


そんなこんなで、
○日までにやらなければならない仕事と他部署の仕事がブッキングして、昼休みも、お弁当食べたらすぐ、PCに向かって仕事。残業は基本してはいけない所だったので、どんどん仕事がずれていって…

ある日の午後、気がついたら、右手が震えていました。そう、C社の時になった転換性障害が発症したのです(ちなみにC社からD社の間には別に1社が入りますが、その1社では、右手の震えは出ませんでした)。
右手の震えはなかなかおさまりません。
それをみた上司から「こんなんじゃ仕事は無理。病院に行きなさい。雇い止めにします。明日から来なくていいから。荷物をまとめて帰りなさい。あとで連絡します」と言われました。
当日、
病院は休みだったので、泣きながら、翌日行きますと言って、荷物をまとめて帰りました。

翌日、病院に行った後だったでしょうか。D社から電話があり、土曜日に来て下さいとのこと。保険証と印鑑を持ってくるように。とのことでした。

土曜日にD社に行きました。基本休みの会社で、出勤している人は数人でした。
総務(人事)担当の人から、離職票を渡され、印鑑を押すよう言われました。
そこには離職理由に「一身上の都合により」と書かれていました。
印鑑を押してから、再度、「上司から、雇い止めにしますと言われたんですが、それでも自己都合なんですか?」と。そしたら総務(人事)担当が「会社都合にすると、ぷあさんが次に就職活動する時に大変だと思うから自己都合にしました。これは会社の温情です」と言われました。

で、結局、D社を辞めました。
D社では試用期間中でしたが、労働契約の書面もありませんでした。

辞めてから、自治体の労働局に事の経緯を相談したことがありましたが、労働局では「多分、不当解雇に当たると思います」と言われました。争うこともできましたが、上司の「雇い止め云々~」からの言葉は録音等もしてなかったので、相手が「言ってない」といえばそれまでですし、労働局からは、「精神的にキツい(辛い)ですよ」と言われました。もし争っても、結果は変わらないと思うので、争いはしませんでしたが、労働局からは「さしつかえなければ、会社名を教えてくれますか?」と言われたので、教えました。

D社には心療内科に通っていることも面接時に伝えていました。
仕事を始めてからは、別部署の人に「あそこ(私がいた所)は1人では難しいんだよね~」とも。どうやら出入りの激しい部署だったようです。
私が辞めてから、時給を上げて求人が出ました。一度取り消されたので、「誰か決まったんだ」と思っていたら、また求人が出ました。未だ出たままです。

思い出したくないところ…は、これで終了させていただきます。

こんなの大したことないって思う人も多いと思います。
私の場合、この後に就いた仕事で倒れてしまって、手帳を取ることになり、コミュニケーションが下手だったので、続かなくなってしまっていたようです。
なので、メンタルを強くしなければ…と思うと同時に、
私の特性を分かってくれるところで仕事をしたいとも思っています。

長文で読みづらいところもあったかもしれません。
次回は、できたら、楽しい記事にしたいと思います。

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私は軽い自閉症スペクトラムのせいか、コミュニケーションがあまり上手ではないようです。心療内科で最初に言われた病名は転換性障害、そして手帳を取るときには気分変調障害が加わりました。
ですが、手帳が交付されるまでの間に、軽い自閉症スペクトラムでは…ということになりました。
今、就労移行支援事業所に行っていますが、そこでの面談で、後から出てきた軽い自閉症スペクトラムの二次障害として、転換性障害、気分変調障害になっているのでは?とのことでした。
要するに、スペクトラムで仕事上でコミュニケーションが上手くいかなくなった時に、右手の振戦(震え)や、涙もろく、不眠、自信喪失などの症状が出てくるようです。

このブログを書き始めた頃、「今までの道のり」その2、その3辺りに書いたのですが、今まで転職を2ケタになるまでしてきて、ダメだった所を書いてみようと思います。ダメだった所なので、もちろん短期で辞めています。
私がダメだと思ったところなので、別の人には「いやいや、全然ダメじゃないよ」と思うかもしれませんが、その点はご了承くださいm(__)m

※社名のアルファベットは、「今までの道のり」にある社とは違います。あしらかず。

A社(スーパーマーケットで惣菜担当、約3カ月)
ほとんど女性ばかりで、男性は社員が1人、学生バイト(夕方~)が1人でした。チーフは女性。お局さまみたいな人が1人いました。その人は仕事はテキパキ、何でもソツなく出来る人でした。仮にaさんとします。
私が入った時、同時期に2人(私も含め計3人)入ったのですが、私はあまり仕事が出来なかった(もともと調理はそんなに好きではなかった)ので、標的にされました。
 ・説明は3回までしか教えないと言われた
 ・当時、辞める人がいて送別会を開く予定だった。私は参加する気などなかったが、aさんがわざわざ私の所に来て、「送別会を開くけど、あなたは来なくていいから」と言われました。まぁ、行くつもりもなかったのですが、わざわざ言わなくても…と。
 ・ネコを飼っていないのに、「ネコくさい」と言われました。自分(aさん)はネコアレルギーだから分かるとも
私は当時、このaさんと同じ時間で仕事をしていたので、本当にイヤでした。別時間になった日はちょっと安心したこともありましたが…結局、aさんのイヤミやいじめが酷くて、店長に「辞めたい」と話したら、aさんのせいで辞めた人が何人もいたそうです。店としては仕事ができるaさんを辞めさせたくないというのが本音だったようです。

B社(鮮魚店、寿司補助担当、約2カ月)
デパートの中にあるテナントでした。鮮魚のほか、寿司や惣菜も製造販売していて、私は寿司担当。寿司は男性ばかりで女性は私だけでした。久々に立ち仕事をしたのですが…毎日怒られ、「すみません」の連続でした(泣)。自分のミスで怒られるのは仕方ないですが…
 ・立ちっぱなしで背中が痛くて、トイレ時に痛み止めのクリームを背中に塗っていたら(午前、午後の仕事前、午後の各1回くらいでしたが、「トイレの時間が長い(測られていたようです)」と言われた。その後、痛み止めの薬を塗っていることは話しましたが…
 ・とにかく「はい」と言え、言い訳するなと言われる
 ・「気が利かない」と言われる
 ・タオルを精一杯絞っても「絞りが足りない」と言われる
 ・他の人が世間話をしている時に(コミュニケーションを取るつもりで)話しかけたら「あなたには話してないから」と言われる
 ・何かしらにつけ「(新人の)あなたの仕事でしょ」と言う
 ・見学のつもりで、見入っていると「何をじっと見てるの?」というので、「見学です」と言ったら、「見学なら“見学したい”と言いなさい」と言われた。そのくせ、私のやることをじっと見てる(まあ、間違ってないかの確認かもしれないけど…)
と、とにかく挙げればキリがなかったです。もしかしてパワハラ?と思いました。
毎日涙、涙でした。女性が多い職場はイジメがあることが多いと聞きますが、男性ばかりの中に女性1人もキツかったです。知り合いには「まるで、小姑のようですね」と言われました。店長に「ちょっと無理です」と言ったら、「うちはこういう(職人気質、体育会系)職場だからね、合う人と合わない人がいるんだよね~」と言われました。結局、最短で辞めました。

もしかして、その2を書くかもしれません。心療内科に通うきっかけになった会社のこととか…

たまたまどちらも飲食関係で、私に飲食は合わないと思いました。
こういう会社があるんだ~ぐらいに流して下さい(^_^.)

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